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【競馬】競馬ルールを大きく変えた貴公子【テンポイント】

こんにちはー!!くまでーす!!

さて、今回は「テンポイント」について語っていきます。

今回の記事を読むと

  • テンポイントってどんな馬なんだろう
  • テンポイントが後世にもたらした影響ってなんだろう・・・

この記事を読めば上2つの謎が解けます。

それでは早速本題に入りましょう。

テンポイントとは

(出典:netkeiba

まず、テンポイントですが、1973年4月19日に生まれ、1978年3月5日に亡くなりました。

享年は旧6歳で、死因は蹄葉炎でした。

メイクデビューは1975年8月17日に函館競馬場にてデビューを果たしました。

血統

そして、テンポイントの血統は以下の通りになります。

テンポイントの父であるコントライトアメリカで競走馬生活を送ったあと、日本に種牡馬として輸入されました。

コントライトの系譜ですが、現在はクラキンコが繁殖牝馬として活躍をしており、ファミリーラインを保っております。

戦績

そして、テンポイントの生涯戦績は18戦11勝、うち勝鞍が

  • 天皇賞春(G1)
  • 有馬記念(G1)
  • スプリングステークス(G2)
  • 鳴尾記念(G3)
  • 京都大賞典(G2)

等となっております。

伝説

そして、テンポイントの伝説のレースとしては、第22回有馬記念でしょう。

その有馬記念はテンポイントが優勝した有馬記念ですが、レース内容としてはもっぱらトウショウボーイとのガチンコバトルとなっており、他馬をよそにテンポイントVSトウショウボーイの状況となっておりました。

また、テンポイントは額の流星と栗毛の馬体の美しさから「流星の貴公子」という二つ名も与えられてました。

それ故に非常に人気の高かった馬でもありました。

しかし・・・

悲劇、そして・・・

そのテンポイントは、6歳になった時に、テンポイント陣営は、テンポイントに海外遠征をさせることを公表し、2月を目処にイギリスに出発する予定でした。

その際に、最後にひと目でいいからテンポイントに会いたいというファンたちの声をうけ、1973年1月22日に開催される日本経済新春杯に出走することを公表しました。

そして、当日、テンポイントの足に総合で「66.5kg」というハンデを背負わされ、レースに出走します。

そして、レース展開としては序盤はテンポイントが引っ張る形となり、しばらくはテンポイントが引っ張る形となっておりました。

そして、コーナーを曲がっているところに2番手・3番手あたりに一旦引いて、そのまま走っていたのですが、第4コーナーにおいて悲劇が起きました。

なんと、そこでテンポイントが骨折を発症してしまいました。

骨折の症状としては開放骨折といった、今だったら誰がどう見ても「助からない」という判断をされる骨折をもたらしました。

当時の獣医師たちは、安楽死を推奨したのですが、ファンたちから「テンポイントを生き永らえさせてくれ!!」や「せめて種牡馬にして!!」等と言った声があがり、陣営は「手術」をすることを決断しました。

そして、テンポイントの骨折手術が行われ、無事に終了したのですが、状況は一変。

今度は手術した患部が腐敗し、その後に蹄葉炎を発生してしまい、そのまま亡くなってしまいました。

そして、そのような出来事があったこともあり、競馬史が大きく動いたこともまた一つの事実です。

1つ目が「安楽死」についてです。

馬は体の構造上足が「第二の心臓」ともいわれているため、基本的に馬は走ったり歩いたりして心臓に古い血液を送っております。

そのため、骨折をすると大体が「死」となります。

また、サラブレッドの足は「ガラスの足」と揶揄されるように、非常に「骨折しやすい」足にもなっております。

そして、もう一つが重い斤量の再考です。

テンポイントが亡くなったもう一つの原因が、競走馬のハンデとして背負わされる「斤量」にもありまして、テンポイントが最後に背負ったのはなんと「66.5kg」の斤量でした。

これは人間に換算すると成人男性約一人分の重りを足にくくりつけられているということになります。

それらを踏まえてJRA側は、「過剰に重い斤量は原則禁止」という方向を取り、今では最大57kgと、テンポイントに課せられていたときより8kgも軽い設定でつけられております。

それらのことを踏まえ、テンポイントは亡くなってから約20年後において、顕彰馬に選出されました。

シンボリルドルフのようにクラシック三冠馬でもなく、またディープインパクトのようにリーディングサイアー(種牡馬として大きな実績機を残した馬)でもないけれど、競馬史を大きく動かしたテンポイントは「顕彰馬」としてふさわしいでしょう。

まとめ

まとめに入りましょう。

テンポイントは、今から約40年以上前に活躍していた競走馬であり、テンポイントがもたらした影響は計り知れないものでした。

特に医療面においては予後不良となったら「安楽死」をする必要性も出てきましたし、斤量についても、重くても最大「57kg」と変更されたのも大きいです。

今回の記事は以上となります。

なお、余談ですが、テンポイントが活躍していたあとの時代において、活躍をしていた競走馬はあの「マルゼンスキー」です。

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もしよろしかったらマルゼンスキーも読んでくださると嬉しいです。

それでは、次の記事でお会いしましょう、ではまた!!

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